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6月3日で10,000日 阪神淡路大震災 | 災害の芽を摘む – saigai.me

1995年1月17日5時46分52秒

 約1万日前の早朝、非常に寒い時期に阪神淡路大震災は発生しました。

 あれから毎日お祈りを捧げてきた方々にとってはじきに1万回目を迎えられると思います。

 毎年1月17日には盛大にイベントが行われ、TV報道も過密になりますが、その半月ほどで静かになります。

 今日は1月17日という日付から見ればだいぶズレていますが、1万日ということで少し振り返りをしたいと思います。




1995年1月17日⇒2022年6月3日

 発災日を1日目とすると、1万日目が2022年6月3日です。

 東日本大震災からは4,103日目です。

 阪神淡路大震災も東日本大震災も、その存在自体が記憶から無くなる訳ではありませんが、日が経つにつれて生活の中からは遠のいていくのが現実です。

 生活に関わりの大きい『建物』を見ても、1万日前を想像するのは難しいことが多いです。
 下図は1995年1月17日のJR六甲道駅の写真と、最近の画像です。駅舎が潰れたままでは社会の混乱は続いてしまいますのできれいに整備されますが、当然ながら潰れた駅舎は記憶から遠ざかって行きます。

写真提供:神戸市



面影を残す

 阪急電車は広範にわたって被災しました。

 脱線した車両があったことは間違いありません。
 早朝でしたので走行中の電車が少なかったことがどう影響したかわかりませんが、梅田~三宮間は乗客数の多い路線ですので通勤時間帯であれば被害はもっと深刻であったかもしれません。

写真提供:神戸市


 ここは面影があるというか、そのまま残っている部分が多いです。
 高架下の区画番号400番は『天一軒』という町中華のお店で、コロナ禍の現在も営業しています。

 お隣のチケット屋さんも健在です。

 Googleストリートビューだと高架上に駅があるように見えますが、屋根があるプラットフォームはJR三ノ宮駅です。
 JRは奥にあって、手前に見えている高架は阪急電車です。阪急神戸三宮駅は画像より300mくらい右側になります。


 鉄道のダメージは大きく、大阪~神戸間を並走するJR、阪急、阪神の三路線は発災時から運休、これにより一日45万人、ラッシュ時最大1時間12万人の足が奪われたとされています。

 大阪~神戸間はバスにより代替輸送が行われ、当初は1日3~5万人であったが、3月末までは1日約20万人が利用したそうです。

 阪急神戸線は御影~王子公園間や夙川~岡本間など部分開通は順次行われましたが、全線再開は6月12日でした。


 阪急伊丹駅は高架駅でしたが、丸ごと落ちてしまったことが記録に残っています。
 全国的には『神戸で地震』と報道されたので西宮や芦屋、伊丹などでこのような被害が出ている事はあまり知られていません。

崩れた阪急電鉄伊丹駅駅舎と脱線した阪急電車=兵庫県伊丹市(1995年01月17日) 【時事通信社】


 伊丹駅は大きく変わってしまったので、当時の面影というものも少ないのですが、高架であるという点は当時のままです。

 駅の位置は少しずれて、当時の写真にあるJUSCO(ジャスコ)は再開することなく閉店しました。


 阪急神戸三宮駅も被災した建物のひとつです。

 下図は被災当時の建物です。

 宝塚歌劇はまだありますが、宝塚ファミリーランドも西宮スタジアムも今は商業施設に生まれ変わっています。

 被災後の復旧工事として、暫定的なビルとして建設が行われました。約25年の月日を経てこのビルは生まれ変わりました。

 リニューアル後のビルは、発災時のイメージを踏襲するデザインとなっています。

写真提供:神戸市

写真提供:神戸市


 引用ばかりでは見飽きてしまうと思いましたので、写真を撮りに行ってきました。

 平時ですので、阪急神戸線はダイヤどおり正常運転していました。

2022年5月・筆者撮影

 こちらは線路を挟んで反対側、今でいうと阪急百貨店前、以前ですとそうご前から撮影しています。

2022年5月・筆者撮影

 写真の左側のビルも被災しています。

 当時の写真を見る限りでは、5階が押し潰されています。
 このように途中階が潰れる建物が非常に多かったのが阪神淡路大震災でした。神戸市役所や西市民病院なども同様に、建物全体を支えなければならない低層階と、少ない階層を支える中層階で建物の構造が異なり、この低層階と中層階の境目でこのような現象が起こったようです。

写真提供:神戸市


【参考】大林組:復興から再生へ、神戸の新たな玄関口を築く

【参考】内閣府防災情報のページ:阪神・淡路大震災教訓情報資料集【07】鉄道の復旧

【参考】平成7年度運輸白書 第1章 阪神・淡路大震災と運輸




様変わり

 阪神淡路大震災では高速道路の高架が落ちてしまうという映像がしばしば流されました。

 下図は恐らく生田川IC付近を三宮側からHAT神戸方面を向いて撮影された写真だと思います。

 特徴的なところは高速の右側にJRの貨物ヤードが見えることです。

写真提供:神戸市

 Google Mapで見てみると、高速道路の形は同じですが、貨物ヤードは見当たりません。

 この貨物ヤードは既に廃止されており、JR摩耶駅から分岐された貨物線も廃止されています。

 震災が直接の影響ではなく物流の変化によるものですが、当時の写真と現地は大きく様変わりしています。


 JR摩耶駅から神戸港に向かう軌道があったことがうかがい知れる場所が神戸市内にあります。

 JR灘駅の南西にある歩道のための鉄橋のようなものですが、ここはかつて貨物線であった場所です。
 すでに線路は外されていますが、地図で見てみると摩耶から生田川ICに向かって整備されている歩道が、ちょうど線路と一致することがわかります。


 一部ではモニュメント的に線路を残していますので、散策してみるのも良いコースだと思います。




アーカイブ

 筆者も実際に被災現場を見に行くことがあります。

 いまは現地に行かずともGoogle Street Viewなどで閲覧できるので、新旧見比べることが容易になりました。

 いくつかその事例を紹介します。

大開通8丁目

写真提供:神戸市

2022年1月・大開通5丁目交差点(筆者撮影)




西市民病院

写真提供:神戸市



2022年5月・筆者撮影




六甲道駅近く

 神戸市のアーカイブ写真で見つけた下図は、おそらく六甲道近くの、六甲宮前商店街から南へ来たところだと思います。

写真提供:神戸市
写真提供:神戸市

 上の写真で左側に『串かつ やきとり ふじわら』という看板がありますが、Google ストリートビューでも同じ位置に『ふじわら』という店舗があります。

 この道を北に抜けてくると、山手幹線に出られますが、その出口が下図になります。

2022年・筆者撮影




新長田駅近く

 新長田駅近くは特に被害が大きかった地域です。

 昔ながらの木密住宅地域でもあったので、火災の影響は相当だったようです。

 木造だけでなくコンクリートも激しく破壊されました。

写真提供:神戸市

 上図は駅東側にある南北通路ということなので、位置的には下記Googleストリートビューのところだと思います。南北どちらから撮影されたかわからないので、一方通行の標識を考えると逆なのかもしれません。


 駅の西口です。

 これはストリートビューの位置と一致すると思いますが、もうここには西口はありません。

写真提供:神戸市


【参考】神戸市:阪神・淡路大震災「神戸GIS震災アーカイブ」

【参考】ヒョーゴアーカイブス

【参考】西宮市:阪神・淡路大震災25年事業 西宮市歴史資料写真展「まちが変わる まちを変える」




画像アーカイブ検索

 当サイトでは阪神淡路大震災の公開データにリンクした画像検索システムを構築しています。

撮影場所  データ提供者  ファイル名  関連タグ 

災害アーカイブ:阪神淡路大震災




数字

ライフライン

区分震災直後復旧状況
電気約260万戸停電
(うち兵庫県は約 100万戸)
平成7年1月23日倒壊家屋等を除き復旧完了
ガス約84万5千戸が供給停止平成7年4月11日倒壊家屋等を除き復旧完了
水道約127万戸が断水平成7年2月28日仮復旧完了
平成7年4月17日全戸通水完了
電話交換機系:約28万5千回線が不通
加入者系:約19万3千回線が不通
平成7年1月18日復旧完了
平成7年1月31日倒壊家屋等除き復旧

道路の状況

区分震災直後不通区間復旧
阪神高速道路
(神戸線)
全線
(うち京橋~摩揶)
(うち若宮~京橋)
(うち摩揶~深江)
平成8年9月30日
平成8年2月19日
平成8年8月31日
平成8年8月31日
阪神高速道路
(湾岸線)
全線平成7年9月1日
阪神高速道路
(北神戸線)
全線平成7年2月25日
名神高速道路西宮~府県境平成7年7月29日
第二神明道路伊川谷~須磨平成7年2月25日
中国自動車道西宮北~府県境平成7年7月21日

鉄道の状況

区分震災直後不通区間(km)復旧
JR新幹線京都~姫路(130.7)平成7年4月8日
JR(東海道・山陽本線)
(福知山線)
(和田岬線)
尼崎~西明石(48.2)
塚口~広野(37.2)
全線(2.7)
平成7年4月1日
平成7年1月21日
平成7年2月15日
阪神(本線)
(武庫川線)
甲子園~元町(18.0)
全線(1.7)
平成7年6月26日
平成7年1月26日
阪急(神戸線)
(甲陽線)
(伊丹線)
(今津線)
西宮北口~三宮(16.7)
全線(2.2)
全線(3.1)
全線(9.3)
平成7年6月12日
平成7年3月1日
平成7年3月11日
平成7年2月5日
神鉄(有馬線)
(三田線)
(粟生線)
全線(22.5)
全線(12.0)
全線(29.2)
平成7年6月22日
平成7年1月19日
平成7年1月19日
山陽西代~明石(15.7)平成7年6月18日
神戸高速(東西線)
(南北線)
全線(7.2)
全線(0.4)
平成7年8月13日
平成7年6月22日
神戸新交通(ポートライナー)
(六甲ライナー)
全線(6.4)
全線(4.5)
平成7年7月31日
平成7年8月23日

兵庫県:阪神・淡路大震災の支援・復旧状況




災害備蓄

 ビルが倒壊するほどのエネルギーを持っていた阪神淡路大震災ほどの地震に対する防災には個人の力が及ぶところが少ないかもしれませんが、災害後の対応については個人の備えが活きてくると思います。

 大きな揺れを感じたら、まずは『身を守る』ことが重要になります。
 常に手元にヘルメットを置いておくことは難しいので、とりあえず頭だけは守れるように何かで覆うしかありません。

 阪神淡路大震災との大きな違いは、技術が進歩したことです。スマホには『緊急地震速報』届くようになり、大きな揺れを感じる前に身構えることができます。


 津波も同報メールで知らせてくれます。


 今年3月16日には震度6強の地震がありましたが、ニュース番組の途中で『緊急地震速報です』とコメントが入り、危険を知らせました。


 次に、危険な場所から退避することが重要となります。

 ただし、安全な建物に居る場合は要検討です。下手に外にでて落下物に当たるよりは建物内の方が良いかもしれません。

 上の動画では17階建てのビル(ホテル)に居ましたが、建物がきしむ音がしても、建物は無事でした。
 エレベーターも15分以内に復旧していました。

 筆者は普段から『安全靴』を履いています。この動画撮影したときも安全靴で出掛けていたので、出張先で被災してもある程度の安全は確保しながら避難できると思います。
 いつも履いている靴はシモンというブランドの安全靴で、救急隊もよく使っているトップブランドです。釘を踏み抜かないというような安全性が避難時の助けになります。

耐滑性やクッション性に優れた安全靴です。硬そうに見えますが、屈曲性が良く、しゃんがんでの作業でも足が痛くなることもなく、脱げてしまうこともありません。安全靴なのでつま先は堅牢に守られていますし、クギを踏み抜くような心配も少ないです。滑らない靴底は雨や雪の日にも重宝します。いずれのシリーズも、スーツ姿で履いてもあまり違和感はないと思います。私はスーツでもいつもシモンの安全靴で仕事に行きます。

 大震災ほどの規模であれば全国ニュースとなって、政府からのプッシュ型救援もあるので、とりあえず避難所まで行ければ寝床と食事は手に入ると思います。

 しかしながら、南海トラフ巨大地震の規模になると被災地が広範すぎて物資が届きづらくなると考えられます。

 もし、東京・名古屋・大阪の三大都市が同時に被災したとき、東からの物資は首都圏へ、西からの物資は関西圏へ集まりやすくなりますので、中部東海エリアは厳しい状況かもしれません。
 福岡も被災すると関西圏への物資は分散され、関西エリアも品薄になると考えられます。

 救援物資が届かないのは仕方がないので、自衛策(自助)が必要になります。

 自助に求められるのは食事、排泄、睡眠です。

 優先順位は難しいですが、食事は我慢できてもトイレは我慢できないので、まずは排泄関係の準備が必要です。

国土交通省のトイレ動画

 上記の国土交通省の動画でもあるように、上水が良くても下水はNGということがあります。

 動画の1分目あたりの行動でレバーを動かしても水が出ないとしていますが、実際はタンク内の水が流れるので1回目だけは水が出てしまいます。
 この水が排水されないと、便器内に水が貯まります。おそらく溢れずにギリギリで止まりますが、そのあとが困ります。

 下図は『ドライトイレ』というものです。

 水を1滴も使わずに排泄する方法があります。

家庭で内製・ドライトイレ
子供のオムツに大人がオシッコ

 排泄できれば、次は空腹が来ると思います。

 食事はどうするのが良いのか、まずは備蓄食の活用だと思います。
 筆者宅には下図のような備蓄食を用意しています。

Amazon:5年保存できる菓子類


 ただし、わざわざ備蓄しなくても、普段からカップ麺などをストックしていれば、それも非常食になります。

 カップ麺にはお湯が必要なので、湯を沸かす手段は確保しなければなりません。


 日本人なので米飯が欲しくなるところです。

 パックご飯は平時からも便利に使っているので、いつも箱買いして大量にストックしています。

Amazon:パックご飯


 できれば発電機を備蓄しておくべきです。

 電気が使えればお湯も沸かせます。もちろん照明や空調も使えます。

 下図は私宅に在る発電機です。カセットガスボンベ2本で稼働します。約10万円、いつ使うかわからずに買いましたが、購入後5年目くらいで使いました。
 これがあったので、52時間の停電中もエアコン、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、給湯器などの電化製品を使えました。ガスは問題なかったので入浴できたのは価値が高かったと思います。

Amazon:enepo(ホンダ)


 寝床ですが、自宅での自助生活であればいつもどおりの寝床でも良いと思います。

 ただし、停電中であれば冷暖房は使えません。発電機があればエアコンが使えますが全室稼働させるのは難しいので1部屋に集まることになると思います。

 もし、寝袋を使うのであれば、下にクッション性のあるマットを敷くと寝心地が良くなります。

 避難所生活でもこのマットと寝袋の組合せは役立ちますので、備蓄しておくと良いと思います。

Amazon:寝袋

Amazon:マット




おわりに

 今回は阪神淡路大震災から1万日ということで振り返りをしてみました。

 筆者が住んでいる場所、この敷地内にあった家は阪神淡路大震災で崩れ、先代は生き埋めになっています。その日の事は近所の方々はよく覚えておられ、男衆で救出したエピソードを聞かせてくださいます。

 救助された1人は既に亡くなり、もう1人は認知症で当時の事を語る事も無くなってしまいましたが、救助に当たってくださった皆さんが教えてくださいます。
 当事者の家でも話題が遠ざかる1万日ですが、教訓として語り継がれるべきこともありますので、何かを機に思い出す日があって良いと思います。




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