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関心の誘導はできるのか? | 災害の芽を摘む – saigai.me

 新聞やテレビの報道に嘘は無いと思いますので事実として伝聞することには問題は無いかと思いますが、話題の大小や数字が持つ重みなどはバイアスがかかっている事があります。

2月16日・朝刊
2月17日・朝刊
2月18日・朝刊

 上図は連続した3日間の同じ新聞の社会面です。

 朱塗りした部分の記事はコロナの死者数を伝えており、見出しは以下のとおりでした。

  • コロナ死者 最多236人(2月16日)
  • コロナ死者 連日200人超(2月17日)
  • コロナ死者 最多の271人 3日連続200人台(2月18日)

 この2週間程前には感染者数が初めて10万人を超えました。新聞の1面にはこんな見出しで載りました。

  • 新規感染 国内10万人超
2月4日・朝刊
2月5日・朝刊
2月6日・朝刊

 いよいよ感染に警戒しなければならないと思いますが、翌日もその次の日も、1面や社会面にそうした記事は載りませんでした。

 当時の感染者推移は以下の通りです。

  • 10万4470人(2月4日・朝刊)
  • 9万8374人(2月5日・朝刊)
  • 10万2371人(2月6日・朝刊)

 新聞で取り扱われないと、収まったのかと思ってしまう人も居ますが、そこは新聞社に責任が無いので何とも言えません。


 ただし、下記のような見出しは危険が伴うと思いますので、慎重になって頂きたいです。

新型コロナ感染者数 1週間平均 全国で約2か月半ぶりに減少

NHK(2022年2月18日 17時32分配信)

国内で新たに6万8470人感染、1週間前より33%減少…死者は6日連続100人超える

読売新聞オンライン(2022年2月12日21時04分配信)

 この頃の患者数は以下の通りです。2月12日も18日も、特別に『減少』というニュースを流すほど感染が沈静化しているイメージはありませんし、過去数週のデータから見れば医療機関に患者が残留していることは自明です。

新聞累計感染者新規感染者累計死亡者
2月1日朝刊2,743,90860,83618,813
2月2日朝刊2,825,53881,67918,883
2月3日朝刊2,920,40294,90818,965
2月4日朝刊3,024,844104,47019,055
2月5日朝刊3,123,11098,37419,158
2月6日朝刊3,225,464102,37119,273
2月7日朝刊3,315,35089,91519,342
2月8日朝刊3,383,34668,03919,455
2月9日朝刊3,484,474101,27819,614
2月10日朝刊3,582,32797,87719,776
2月11日朝刊3,681,99999,69519,940
2月12日朝刊3,780,34498,37020,090
2月13日朝刊3,848,77968,47020,235
2月14日休刊
2月15日朝刊3,986,32460,14220,521
2月16日朝刊4,070,52084,22120,757
2月17日朝刊4,161,44891,05120,987
2月18日朝刊4,256,63095,20821,258
日本経済新聞朝刊から引用



事実を伝えるしかない

 THE YELLOW MONKYのJAMという曲の歌詞に

外国で飛行機が落ちました
ニュースキャスターは嬉しそうに
『乗客に日本人はいませんでした』
『いませんでした』
『いませんでした』

僕は何を思えばいいんだろう
僕は何て言えばいいんだろう

JAM (THE YELLOW MONKY)

という歌詞(セリフ)が出てきます。曲は下のYouTubeで確認できます。

 これについてどう感じるかは主観です。

 客観的事実は乗客に日本人が居なかったことです。

 新聞の論説やテレビの討論番組で持論を展開することはあっても『報道』という場面では事実のみを伝える事になります。

 このJAMという歌の中の主人公は『素敵な物が欲しいけど、あんまり売ってないから 好きな歌を歌う』と言っていますので、先述の歌詞の部分も好きな歌の歌詞かもしれません。




『人数』はわかりやすい事実

 事故や火災が起きれば何台、何棟、何平米などの物損と、死傷者数が伝えられる事が多くあります。

 災害級の事案では特に死傷者数に重きが置かれる傾向にあり、死傷者が出ない事が良い事のはずですが、死傷者数が災害規模を定義するかのような風潮があります。

 2018年9月4日に上陸した台風21号では、関西電力や中部電力で300万軒以上が停電しました。暴風が激しく千本以上の電柱が折損しましたが、死傷者の報道はあまりありませんでした。

 そして9月6日には北海道胆振東部地震が発生し『全道停電』というインパクトのある言葉が出た事で台風21号の話題は消えました。

9月4日夕刊
9月5日夕刊
9月6日夕刊
9月7日夕刊

 図は各日の有感で比較しています。
 9月4日は台風が到来してユニバーサル・スタジオ・ジャパンが休業したことや交通混乱が大きく報じられていますが数十万軒が停電状態であることはわかりません。
 この日は夕刊1面の記事部分の25%が台風の話題です。

 翌5日は関空橋にタンカーが衝突した話題が中心になりました。紙面シェアは27%です。

 この時点で私宅は停電中です。9月4日の13時半頃から52時間の停電でしたが、世に知られる感じではありませんでした。

 9月6日の夕刊では青で示した台風の話題は5%、北海道の地震が39%、更に北海道の地震に関連した動きが緑色の12.5%なので合計51.5%が北海道です。

 9月7日朝刊時点での被害状況は北海道での死者5人、避難者5,777人、住宅損壊49戸です。台風21号は死者12人、避難者8千人、住宅損壊1,070戸です。




地震と台風は災害、停電は災害ではない

 行政の動きにも差がありました。

 災害対策基本法では地震や台風などの自然災害は『災害』として扱いますが、停電は災害ではありません。

 事実、私宅がある自治体では避難所開設はしないと言っていました。その理由は『災害ではない』ことだそうです。

 信号が点灯していないのでバスは運休、交通渋滞が慢性化、スーパーやコンビニ、自動販売機もすべて停止状態が数日続きましたが災害とは見られませんでした。

 危険だったのが電話の不通です。
 119番通報が使えないという事で、近所の妊婦さんは自主避難として、電気が通っている地域のビジネスホテルに自費で避難しました。




報道によって激甚災害

 2019年の台風15号・19号も風が大きな台風でした。

 千葉県では鉄塔が倒れたり、ゴルフ練習場のネットが倒壊するなど連日マスコミが騒ぎました。

 そのお陰かどうかわかりませんが、激甚災害となりました。

 激甚指定を受けると国からの復興補助金が引き上げられるので自治体からの支援も手厚くなります。

 2018年の大阪北部地震も台風21号も激甚指定は受けておらず、2019年の台風15号の頃でもブルーシートを被ったままの家がたくさんありましたが、修理に来てもらえず私宅の近所では解体となってしまった家が数軒あります。




プロパガンダ(propaganda)

 プロパガンダと言われると政治的な思想の誘導というイメージを持つ人が多いかもしれませんが、災害対応では重要なキーワードになります。

 情報が錯綜する中ではデマ・流言が人々を混乱させます。何が良くて何が悪いのか、混乱の中でも秩序を守ろうとする市民の間では多元的無知も起こり、心理的に揺れる状態にあります。

 映画『Fukushima 50』で1時間ちょうどあたりのシーンでは、福島第一原発のスタッフジャンパーを着ている人が冷たい目で見られるシーンがあります。
 映画の中では大ごとにならなかったようですが、連日の原発の報道の中では肩身の狭い想いをしていた人が居たのだろうと思います。

【参考】Amazon Prime:Fukushima 50

 広義には広告宣伝の戦略も含まれるプロパガンダですが、日本も経験した『戦争』ではプロパガンダにより少年少女も国のために戦闘に出る気力を持つほど、人々を扇動する力があります。




ナッジ

 『ナッジ』(nudge)とはそっと後押しするといった意味の言葉で、近年は政府系の分科会などでもよく出て来る言葉です。

 良い選択を自発的に選べるように手助けすることをナッジの目的として捉えるものが多く、政府系の会議で言えば、法律で縛るのではなく国民に自発的行動をしてもらうための仕掛けづくりが議論されています。

 『nudge』を辞書で調べると下記のようになっています。

(注意をひくために普通はひじで)そっと突く;少しずつ押す;…に注意を促す;…に近づく;刺激する,(記憶を)よび起こす

リーダーズ英和辞典

①(注意を引くため)(人)をひじで軽くつく[押す];(人・物)を(ひじで)押しのける[ながら進む];[~one’s way]ひじで押して進む

②(人)を(…するように/…へ)やさしく説得する

③(しばしば be ~ing)…に近づく

ジーニアス英和辞典

 気づかせるという意味だけでなく『刺激する』『やさしく説得する』など背中を後押しするというには少し語弊がありそうな意味も秘めている事がわかります。

 ナッジはときに『特定の決断や行動をするようそっと説得・奨励すること』という目的で使われることがあり、その『特定の』という部分が正しい事であれば良いのですが、誤ったことへの誘導になってい居た場合、あたかも自己の決断でそちらへ行ったかのように見えてしまうナッジによって、決断者本人が傷つくことになるかもしれません。

 ゴミを拾いたいと思っている人に、その機会や手段などの環境を用意し、そっと後押しするのは有用なナッジだと思います。しかしゴミ拾いをしたいとも思っていない人に、結果としてゴミ拾いをさせてしまうナッジは有用かどうか、議論が必要だと思います。

 SDGsという総論には賛成でも、各論については個別に意見があると思いますので、ナッジも使い方次第だと思います。




過小評価・過大評価

 報道がどのようにメッセージを出すかで世論を左右してしまうことも少なくありません。

 ある日の新規患者が7,444人であったとしても、見出しや背景写真を変える事で伝わり方が変わります。


 7,444人はまったく少なくない数字だと思いますが、報道側が減った印象を与えようとすれば、旅行する事を肯定するニュースを流したいとすれば、そのような原稿が作られると思います。

 実際にこのくらいの人数を東京都で数えた日があります。
 ほとんどのニュースなどでは『前の週より減った』という説明をしていました。
 しかしながら7千人の3%が入院するだけでも200床を使います。過去2週間、同等かそれ以上の数字を維持してきたので何千人もの入院患者や宿泊療養者が居り、この人たちはいつ急変してもおかしくない状態です。

 新規感染が200人くらいで新規入院が5人、その日の重症者数や死者数は1桁を維持していれば、コロナ専門病院が1~2軒あれば足りるかもしれませんが、新規入院申し込みが3桁もあるようでは沈静とは言い難いです。

研修資料:ポジティブなニュース
研修資料:ネガティブなニュース

 このような報道は新型コロナウイルス感染症だけではありません。

 地震や台風などでも『電気や水道が復旧し、元の生活を取り戻しつつあります』という報道で、その災害をひとくくりすることがありますが、ゴミ処理は追い付かずに街中に異臭が漂い、帰る家を失った人はこれからどうやって再建しようかと考えはじめたところですが『あそこの災害はもう大丈夫』といったメッセージが伝わってしまうことがあります。




多元的無知

 簡単に言えばバイアスです。

 自分がAという意見に反対の者であったとしても、大衆が『Aに賛成だろう』と集団内の多くの人が思い込む状態です。

 2020年のトイレットペーパー品薄の背景にはデマと多元的無知が存在していたと言われています。

 マスク不足は深刻でしたが、トイレットペーパーも同じ原料だから品薄になる、輸入に頼っているから品薄になる、といったSNSの拡散が始まりでした。
 経済産業省や紙製品の業界団体からは供給が間に合う事、情報には誤解があることなどが報じれ、多くの国民がデマだと気づきました。実際、下図にある紙製品は日本国内で製造されているので、少なくとも製品の輸入は関係ありません。原材料はわかりませんが。

 これがデマだとわかっている人が大半、なので紙製品の供給が止まらないことは理解していました。しかし品薄が続きました。
 それは、デマに騙されて買い溜めする人が多いのだろうと思いこむ人が多く、実際は皆が騙されていないにも関わらず、騙されている人が多いと思い込んだ状態が国民全体で広がり、結果として『私だけ手に入らなかったら困る』という心理になり、買い溜めをしてしまうという状態でした。

 この買い溜めが起こる1カ月ほど前にはマスク不足で失敗した国民が多かった事も背景にあると思います。
 『新型肺炎』というニュースが2020年1月に流れるようになり、対岸の火事くらいにしか思っていなかった人と、危機感を持ってマスクを買い溜めた人で大きな差が生まれました。
 1月中に買えた人は100枚単位で持っていましたが、買えなかった人は高額転売品を買わざるを得なくなり、転売ヤーはひと儲けできたと思います。火事場泥棒みたいだと言う人も居れば、需要と供給のバランスなので仕方ないという人も居ます。賛否両論です。

マスク品切れ
1,100円分を13,500円で転売
1,100円分を14,980円で転売

 マスク騒動があってのトイレットペーパー騒動ですので、デマにも乗りやすくなりましたし、多元的無知の心理戦は相当に根深い物がありそうです。

 非常事態になればこうした事が起こります。




流言の流布

 虚偽の風説を流布すること自体がすぐに法律違反という事では無いようですが、誰かの信用を毀損したり、業務を妨害すると刑法に抵触するようです。

(信用毀損及び業務妨害)
第二百三十三条 虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(威力業務妨害)
第二百三十四条 威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。

刑法 第三十五章 信用及び業務に対する罪

 非常事態の最中では犯罪に当たるかどうかよりも、今を生きるためにどのような選択をすべきかという判断材料に、流言が混在していると困る事になります。

 関東大震災では、誰かが井戸に毒を盛ったというような流言が広まり、市民は何を信用して良いかわからず大変に困ったそうです。
 2016年の熊本地震では猛獣が逃げ出し市内をうろついているという画像付きのデマが拡散しました。結果として不起訴処分になりましたが、逮捕されていますので社会的信用は落としたのではないでしょうか。

 犯罪になるか否かよりも、どのような不利益を被るかを考える必要があるので、もし猛獣の件で都市がロックダウンでもしたら逸失利益の請求は莫大なものになったかもしれません。電車を5分止めたら1千万円などと聞いたことがありますが、市街のコンビニでも塾でもオフィスでも、仕事ができなければ損害が発生します。

【参考】刑法 第三十五章 信用及び業務に対する罪

【参考】Yahoo!ニュース:震災とデマ ―イタズラではすまない重大な犯罪行為―(2016年4月16日)

【参考】朝日新聞:地震直後「ライオン放たれた」 投稿の男性、不起訴処分(2017年3月22日)




災害時の情報の取扱い(注意)

鵜呑みにしない

 災害に限らず詐欺メールなども含めて、あらゆる情報は鵜呑みにせずに、一度は考えてみることが大切です。

判別能力を高める

 情報が正しいかどうかを判別できる能力を高めることで、誤った方向に進まないようになります。
 自然と身に付くものもありますが、本を読んだり人と話したりすることで習得していくものが多いと思います。

信頼できる情報筋を持つ

 記者が情報源となる政治家や行政報道官などと信頼関係を築くように、発生源に近いところから信頼性の高い情報を得られるルートを持つことが重要になります。
 ロビー活動とも似ていますが、確たる情報を持っている箇所に平時から出入りし、顔をつないでおくことが必要です。
 災害に際しては、遠隔地で情報収集活動に長けた仲間を確保しておくことも有意義です。Give and takeの関係だと思いますので相互の同レベルの情報を渡し合える仲か、対価を支払うか、親戚縁者など無償の絆を持つ仲か、何かが必要です。

自ら情報発信する

 自ら得た情報を発信したり、欲しい情報を発信したりすることでレスポンスを得られれば、その情報の信ぴょう性を評価することができます。
 SNSが発達したいま、情報発信力は平時のメンテナンスにもかかっていると思います。
 筆者はfacebookなど放置する期間が長いので災害時には使えなさそうですが、生身の人間同士での関係構築に努めています。